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不動明王
2012/09/18(Tue)
不動明王はサンスクリット語でアチャラナータ(阿遮羅嚢他)といい、意味は「動かない守護者」もしくは「動かないものの守護者」です。

本来、この名前は古代インドにおいてシヴァ神を意味していましたが、仏教に取り入れられてからは、密教において、大日如来が衆生の教化のため忿怒身に姿を変えた大日如来の使者としての性格が与えられ、数ある明王の中で最高のものとなりました。


不動明王は一面二臂で、顔は忿怒の相。
長髪を束ねて左肩に垂らし、頭頂に莎髻という特殊な髷を作り、または、頂蓮という蓮華を戴いています。額には波のようなしわが三本刻まれています。
左右の目は天地眼と言って、天と地の両方を見ています。また、左右の犬歯は右を上に、左を下に突き出しています。

恐ろしい顔とは対照的にふっくらとした子供のような身体をしているのが特徴で、これを「童子形」と呼んでいます。これはひとたび仏の道に入った人には、子供のような素直な態度で従順に使えることを示しています。

また、右手に剣、左手に羂索という縄を持っています。賢は知恵の鋭さの象徴。あるいは煩悩を破壊する鋭利な剣。羂索は煩悩を縛り付ける縄です。
台座は岩座が一般的で、光背は火炎で、迦楼羅に似ていることから「迦楼羅光」とも呼ばれています。

また、衿迦羅・制多迦の2童子が不動明王の脇侍として配されることが多くあります。


不動明王を現存する作例において眺めてみると、インド・中国の作例は今日わずかしか確認できないのに対し、我が国においてのその数は各時代を通じ非常に多く残っており、その信仰がいかに盛んであったかがうかがわれます。我が国における不動明王信仰の本格的到来は、平安時代の初めに真言宗を開いた空海によってであり、中国留学からの帰国後であったとみられています。
すなわち、空海による承和6年(839年)に開眼した京都・東寺講堂の諸尊のうち、五大明王の中尊としてつくられたものが、その本格かつ現存最古のものです。

不動明王-東寺
東寺-不動明王坐像

不動明王-東寺2
東寺-不動明王坐像

不動明王-大聖寺
大聖寺-不動明王坐像
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