2009 07 ≪  08月 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2009 09
スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
ガンダーラ仏・マトゥーラ仏
2009/08/05(Wed)
仏教の歴史に崇拝の対象として仏像が登場するのは紀元前後から2世紀にかけてで、インド北西部のガンダーラ地方とインド北部のマトゥーラ地方の二か所で始まっています。

最初の仏像が造られたガンダーラはインド北西部で、現在はパキスタン領になっています。かつての都プルシャプラは現在のペシャワールという都市にあたります。
古くからシルクロードの要衝として発展し、東西文化の十字路として栄えました。

アレクサンダー大王の西インド遠征(紀元前324年)以降、ガンダーラ地方はギリシア、ローマ文化の影響を強く受けていたため、一般に「ガンダーラ仏」と言われるここで造られた最初の仏像も、ギリシア彫刻のような雰囲気を持っています。

長く大きな耳朶や、白毫、肉髻など仏像の特徴のいくつかは備えているものの、縮れた長い髪やひげを蓄えたギリシア的な顔立ちなど、今の我々が思い浮かべる仏像のイメージとはかけ離れたものです。

仏像が誕生したころには中央アジアの遊牧民族であるクシャーナ族が侵入してクシャーナ王朝を築きましたが、この王朝の第三世のカニシュカ王が全インドを統一して一大王国を築きました。
ガンダーラの仏教美術はクシャーナ王朝で発展し、とくにカニシュカ王のときに黄金期を迎えました。



ガンダーラで最初の仏像が誕生してから約100年後、マトゥーラでも仏像が造られました。
マトゥーラはインド北部の古国でインド古来の民間信仰などさまざまな宗教が栄えていました。

2世紀の後半カニシュカ王の出現によってクシャーナ王朝の領地となり、仏教美術の黄金期を迎えました。

マトゥーラは良い石材を産出することから地場産業的に彫刻が盛んだった地方で、仏像作りの始まりはガンダーラより少し後になるものの、芸術面でガンダーラの影響はほとんど受けずに独自の様式をもっています。
「マトゥーラ仏」の方が東洋的で、今の仏像のイメージに近いかもしれません。

ガンダーラ仏3
ガンダーラ仏

マトゥーラ仏2
マトゥーラ仏

にほんブログ村 宗教美術
FC2 Blog Ranking
人気ブログランキング


国宝阿修羅など名作も豊富【仏像ワールド】
スポンサーサイト
この記事のURL | 仏像の歴史 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。