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ガンダーラ仏・マトゥーラ仏
2009/08/05(Wed)
仏教の歴史に崇拝の対象として仏像が登場するのは紀元前後から2世紀にかけてで、インド北西部のガンダーラ地方とインド北部のマトゥーラ地方の二か所で始まっています。

最初の仏像が造られたガンダーラはインド北西部で、現在はパキスタン領になっています。かつての都プルシャプラは現在のペシャワールという都市にあたります。
古くからシルクロードの要衝として発展し、東西文化の十字路として栄えました。

アレクサンダー大王の西インド遠征(紀元前324年)以降、ガンダーラ地方はギリシア、ローマ文化の影響を強く受けていたため、一般に「ガンダーラ仏」と言われるここで造られた最初の仏像も、ギリシア彫刻のような雰囲気を持っています。

長く大きな耳朶や、白毫、肉髻など仏像の特徴のいくつかは備えているものの、縮れた長い髪やひげを蓄えたギリシア的な顔立ちなど、今の我々が思い浮かべる仏像のイメージとはかけ離れたものです。

仏像が誕生したころには中央アジアの遊牧民族であるクシャーナ族が侵入してクシャーナ王朝を築きましたが、この王朝の第三世のカニシュカ王が全インドを統一して一大王国を築きました。
ガンダーラの仏教美術はクシャーナ王朝で発展し、とくにカニシュカ王のときに黄金期を迎えました。



ガンダーラで最初の仏像が誕生してから約100年後、マトゥーラでも仏像が造られました。
マトゥーラはインド北部の古国でインド古来の民間信仰などさまざまな宗教が栄えていました。

2世紀の後半カニシュカ王の出現によってクシャーナ王朝の領地となり、仏教美術の黄金期を迎えました。

マトゥーラは良い石材を産出することから地場産業的に彫刻が盛んだった地方で、仏像作りの始まりはガンダーラより少し後になるものの、芸術面でガンダーラの影響はほとんど受けずに独自の様式をもっています。
「マトゥーラ仏」の方が東洋的で、今の仏像のイメージに近いかもしれません。

ガンダーラ仏3
ガンダーラ仏

マトゥーラ仏2
マトゥーラ仏

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コメント
- ガンダーラ仏には癒されます。 -
仏陀の実に穏やかな表情がこの仏像にはあります。この仏像とは対照的なのが骨と皮だけの苦行像ですね。どちらも同じ釈迦でありながら悟りを得る前と後の違いでしょうか。苦行像のほうはブログのテーマ上出されないでしょうね。
2009/09/06 09:00  | URL | uhauahwakuwaku #-[ 編集] ▲ top
- Re: ガンダーラ仏には癒されます。 -
>uhauahwakuwakuさん

あーあのミイラのようになってる仏陀の姿!アバラが凄いっすもんねww
でも苦行像も好きかな。痩せた姿に魅かれるww

僕もたまに断食(ダイエット??)しますけどなかなかあそこまで痩せないww


2009/09/06 10:17  | URL | かちお #-[ 編集] ▲ top
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