2012 04 ≪  05月 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2012 06
スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
勢至菩薩
2012/03/06(Tue)
勢至菩薩(梵名マハースターマプラープタ)は、正しくは、大勢至菩薩と言い、知恵の偉大な力で人々の迷いを取り除く菩薩です。
観音菩薩とともに阿弥陀如来の脇侍となり、阿弥陀三尊を形成していることで知られています。
観音菩薩が宝冠の前面に化仏を表すのと対照的に、勢至菩薩の場合は水瓶を付けることが多いです。

『観無量寿経』に説かれていますが、観音菩薩の慈悲に対して、知恵の光を持ってあまねく一切を照らして人々を救済するため、観音菩薩ほど信仰を得られておらず、独尊像も少ないようです。

薬師如来本願功徳経では、八大菩薩の一尊。

浄土信仰の高まりとともに流行する来迎形式の阿弥陀三尊の場合では、観音菩薩が死者の霊をのせる蓮台を持つ姿に、勢至菩薩が合掌をする姿で作られ、その姿勢には立像・坐像のほかに跪像も見られます。

勢至菩薩跪像2
三千院 勢至菩薩跪像(阿弥陀三尊の左側で合掌している像)
この記事のURL | 菩薩について | CM(0) | TB(1) | ▲ top
普賢菩薩
2012/02/07(Tue)
普賢はサンスクリット語でサマンタバドラ(三曼多跋陀羅)と言います。
サマンタは「普」、バドラは「賢(吉祥)」で、吉祥(良いこと)が普く行きわたるという意味です。

大乗仏教の菩薩の中でもとくに仏の理性を示す菩薩であり、諸菩薩の上位とされています。
文殊菩薩とともに釈迦如来の矜持としても表わされています。

慈悲をつかさどり、女人往生を説いたため、極楽往生を願う女性たちの篤い信仰を受けました。


普賢菩薩の像は、合掌し白象の背上の蓮華座に結跏趺坐するものが多く、まれに蓮華や如意・経典などを持つ場合も見られます。とくに『法華経』を信仰が高まった平安時代以降の制作になる作例が多いです。

普賢菩薩
大倉集古館 木造普賢菩薩騎象像

この記事のURL | 菩薩について | CM(0) | TB(1) | ▲ top
仏像の誕生と伝播
2011/03/30(Wed)
仏教徒がその信仰に基づいて造形活動を始めたのは、釈迦の遺骨を祀ったストゥーパ(仏塔)の造立ですが、仏像の製作はすぐになされたわけではありません。

釈迦が初めて具体的な姿で、すなわち仏像として登場するのは1世紀中ごろのガンダーラ地方です。
インドから北に向かった仏教文化とヘレニズム文化が融合し、ギリシャ・ローマの造形技法の影響を受けて、初めて人間的な姿の仏像が誕生したのです。


その後、2世紀には、マトゥラーでも仏像が作られ始め、ガンダーラ仏の西方色の強い様式に比して、純インド的な表現が行われました。
さらにマトゥラー仏は、5世紀にサールナートを中心として、均整のとれた美しい体躯と薄く等間隔に刻まれた衣のひだの表現を持ったインド仏像彫刻の完成形とも言うべき仏像様式に展開しました。


インドからの仏像の伝播は、南インドを経てスリランカ、さらには東南アジア諸国へと至る海上ルートと、インドから北へと伝わり、シルクロードを経由して東に伝わるルートとが大きな流れですが、さらに時代を経て、7世紀、後期密教の頃にはチベットにも伝えられました。


我が国へは、インドからシルクロードを経由するルートにより、中国・朝鮮半島を経て伝わりました。中国に仏教が伝わったのは、、2世紀ごろのことで、北魏の時代には大規模な仏寺や石窟寺院が造営され、唐の時代には仏像の表現に人体の理想美が追求・反映されました。
この記事のURL | 仏像の歴史 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
東大寺 盧舎那仏坐像(大仏)
2010/05/18(Tue)
東大寺−盧舎那仏坐像 (2)
東大寺−盧舎那仏坐像


国宝。
銅像 像高14.98m 奈良時代

「奈良の大仏さま」として知られる東大寺の本尊。聖武天皇の発願によって造像され、752年に開眼しました。使用された銅は500トンにも及ぶと言われています。

盧舎那仏は太陽神の崇拝から生まれた如来、毘盧舎那如来で、仏の智慧の広大無辺なことを象徴しています。

鎌倉時代、室町時代の2度の戦火で当初の部分は少なくなりましたが、それでもなお高さ15メートルあまりの銅像の大仏は、総国分寺である東大寺の本尊、華厳世界の教主にふさわしい雄大さを備えています。

この像の形は、右手の第3・4指をわずかに曲げた施無畏印、左手は左膝上において掌を上向け、大仏座と呼ばれる蓮華座上に結跏趺坐しています。そして、台座蓮弁に毛彫りでそれぞれ釈迦如来とその世界を表し、全体で蓮華蔵世界を現出している点も特徴です。
脇侍として、如意輪観音・虚空蔵菩薩を従えています。

東大寺−盧舎那仏坐像3
東大寺−盧舎那仏坐像



国宝阿修羅など名作も豊富【仏像ワールド】


にほんブログ村 宗教美術
FC2 Blog Ranking
人気ブログランキング
この記事のURL | 美仏図鑑 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
三十三間堂(蓮華王院本堂) 千手観音坐像
2010/04/16(Fri)
三十三間堂−千手観音4
三十三間堂(蓮華王院本堂)−千手観音坐像


国宝。堂内中央に安置する本尊像。像高335cm。湛慶晩年の建長6年(1254年)の作

京都三十三間堂の本尊(坐像)は、鎌倉時代の仏師湛慶の代表作であるとともに、十一面四十二臂像の典型作です。

左右、計1000体の等身観音立像に囲まれて、お堂中央に安置され「中尊・ちゅうそん」と呼びます。檜材の寄木造りで全体に漆箔が施されています。42手で「千手・せんじゅ」を表わす通例の像形で、鎌倉期の再建時に、仏師湛慶が同族の弟子を率いて完成させたものです。
 84歳で亡くなる湛慶が、その2年前に完成した鎌倉後期を飾る代表的作品です。

42本の手のうち2本は胸前で合掌し、他の2本は腹前で組み合わせて宝鉢を持っています。他の38本の脇手にはそれぞれ法輪、錫杖、水瓶などさまざまな持物(じもつ)を持っています。彫像の場合は長年の間に持物が紛失したり、後世の補作に替わっている場合が多いです。

三十三間堂−千手観音3
三十三間堂(蓮華王院本堂)−千手観音坐像

にほんブログ村 宗教美術
FC2 Blog Ranking
人気ブログランキング
この記事のURL | 美仏図鑑 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン | 次ページ